スタジアムライブ

ヒデキのパイオニア☆スピリットデー:1974年8月3日

日本国内初のスタジアムライブを開催したのは、1968年(昭和43年)に行われたザ・タイガースの後楽園球場コンサートだった。

その後、海外の来日アーティストもスタジアムでライブを開催する中、ついに日本人ソロアーティストが初めてスタジアムコンサートを開催した。

1979年

1974年8月3日。
関西の野球場を代表する大阪スタヂアムで『ヒデキ・イン・スタジアム “真夏の夜のコンサート”』と銘打ったライブが開催
された。

デビュー前からアメリカのウッドストック・フェスティバルに憧れていたヒデキが「野外イベントを誰よりも早く日本でやりたかった」と本人が企画し、実現したと言われている。

また、この大阪スタヂアムでの初スタジアムライブでは、その後のアイドル応援の『ペンライト』文化を生み出したエピソードも今に語り継がれている。

その後は大阪スタヂアムだけではなく、1978年7月22日には後楽園球場でも公演を行った。

屋外での大観衆を前にしたライブのため、建設用クレーンに吊るされたゴンドラでの歌唱やヘリコプターを使った演出を取り入れ、後楽園球場のライブでは1回にかかる費用は当時の金額で6000万円にも上ったそうである。

1974年以降、大阪スタヂアムでは10年連続、後楽園球場で1978年から4年連続でライブを行ない、後楽園球場の最多公演ミュージシャンとして記録が残ってる。

大阪スタヂアムは1998年に解体撤去され、2003年に複合商業施設「なんばパークス」として生まれ変わった。

後楽園球場は老朽化により1987年に閉鎖、競輪場跡に東京ドームが建設され、現在に至っている。

▌スタジアム・トリビア

  • 2007年になんばパークスガーデン内で有名人たちの手形アートが設置されるようになり、ヒデキの手形も展示された。2024年にリニューアルが行われ、現在は「なんばパークスミュージアム」横に移設されている。
  • 東京ドームホテルの43階壁面にアーティストプレートが飾られており、後楽園球場でのライブアーティストとして、ヒデキは1979年と1978年にのみプレートが掲げられている。

※参考文献